05 東方backnexttop
 「じゃあ、お大事に」
 「ありがとうございました!」
 頭を深々と下げて去っていくテニス部のユニフォームを見ながら、ああいう時もあったなぁと、思わず目を細めてしまい、ハッと我に返った。俺だってまだ二十代半ば。
 治療に使った道具を片付けながら、こういう感覚がいけないのかと反省する。
 昼休みだって、俺が不注意だったんだし、太一…壇にだって、俺が一言注意すれば、健太郎に余計な気を揉ませることなんかなかったのに。
 生徒とも先生とも、もう少し節度を持って接した方がいいんだろうな。そう思いつつも、俺からしたら、太一は大きくなっても太一のままだし、室町も喜多も可愛い後輩だから、つい年下には甘くなってしまう。
 今来た生徒も、怪我といっても擦り傷程度だったが、「これから大事な大会が続くから、ちゃんと東方先生に診てもらえ」と部長直々にお達しがあったようだ。何だか誰かさんに似ているなぁ、と笑みを零したら、不思議な顔をされてしまった。

 最近健太郎のため息の回数が、心なしどころか明らかに多い。注意する回数も多いが、誰よりも親身になる性格だから、色々な人とシンクロしてしまうのだろう。
 俺にぐらいたまには甘えてもいいんだよ、とこちらからはそれなりにサインを送っているつもりだが、俺と長年ダブルスを組んでいたわりに、そういうのには相変わらず滅法鈍い奴だからなぁ。かと言って、敏感になられても困るわけだけれど。

 と、色々なことを考えながら職員室に向かったら、擦れ違い様千石に呼び止められた。
 「ねぇねぇ雅美ちゃーん! 今週末って空いてる? あ、もしかして南とデー…」
 「千石先生、何かあるのか?」
 人差し指を千石の唇の前に突き立てると、笑顔を取り繕い、低い声で囁いた。
 幸い辺りに人影はなかったが、こいつはどこまで本気なんだか、全く喰えない奴である。
 「飲み会! 俺幹事やるからさ、どう? やっぱり酒豪がいないとさー、盛り上がらないしっ」
 「…考えておく」
 それは単に、意識がしっかりしている奴がいないと、会計が困るということだろうと、喉元まで出かかったがやめておいた。
 毎回できたら、健太郎を介抱する役割だけに専念させてもらえないものだろうか。
 きっと南は了承したのだろう。
 ──だったら二人きりというのは、どうやらお預けかもしれない。
 「ん! いい返事待ってるよー。じゃあねー」
 去っていく千石に挨拶し職員室に行くと、健太郎がいた。

 「さっきそこで千石に訊かれたんだが、南くんは週末飲み会に行くのか?」
 「ああ、特に予定もないしな。…東方先生は?」
 「俺も出るよ、南くん」
 そう言って笑うと、健太郎も笑顔を見せてくれた。

 ──健太郎がストレス発散できれば、まぁいいか。
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