07 東方backnexttop
 「…そうか。あぁ。ちゃんと飯食ってるのか?この間脱がせた時思ったんだが、ちょっと痩せたんじゃないのか? …すまんな、こっちも忙しくて…。あぁでも、おまえだけのベッドじゃないからな。…悪い、一旦切る。あぁいい、こっちから行くから」
背後に気配を感じて内線を切ると、笑顔を引きつらせた女子生徒が立っていた。

「あ、東方先生これ、アンケートです…。すみません、その…」
 毎年この季節には、生徒の体調管理と悩み相談を兼ねてクラスごとにアンケートを配っているのだが、これはどうも生々しい会話と勘違いをされたようである。
 「あぁ、ありがとう。何か勘繰っているようだが、相手は室町先生だぞ?」
 1クラス分の用紙を受け取ると、あくまでやましいことではないと強調すべく、にっこりと微笑み返し、コーヒーに口をつけた。
 「…」
 「…どうした? 何かあるのなら、そこに座って話してごらん?」
 日頃から保健委員の彼女とは何かと話す機会が多かったが、これほど何かを言い辛そうにしているのは見たことがなかった。
 「…」
 こくんと頷くと、ベッドに腰掛けたまま、俯いている。

 これはもしかして、女の子特有の悩みなのだろうか?確かに独身の男の保健医では、話しにくいこともあるだろうが、ここは変に意識させないようにするべきである。
 「…じゃ、ないんですか?」
 蚊の泣くような声で、何かを問われて、聞き返す。
 「ん?」
 身を乗り出して、彼女の顔を覗き込むと、瞳は潤み、頬は紅潮している。
 「東方、先生…」
 上目遣いでこちらを見上げると、俺の腕を掴んでくる。
 「ちょっと、それはまずいなぁ…」
 「…南先生じゃ、ないんですか…?」
 「え?」
 悲しそうに呟かれて、もう少しでコーヒーをふき出しそうになった。

 何とか彼女を送り返すと、室町に貸す栄養素とカロリーの載った本を借りるべく、亜久津のいる家庭科室へと足を伸ばした。室町はどうも、なかなか体調がよくならないようだったから、心配だった。
 階段を登っていると、俺の少し先に健太郎と、そのまた先に新渡米が見えた。健太郎は何故か神妙な面持ちをしている。何だか目が離せずに、その後を追って行った。
 新渡米は音楽室へ入っていった。健太郎は一緒に入らず、そっと様子を窺うべく、ドアの前にたたずんでいる。

 「けーんたろ。何してるんだ?」
 俺は背後に忍び寄ると、健太郎の腰を引き寄せて、耳元で囁いた。
 「うわぁ…! な、まさ…東方、学校…!」
 案の定健太郎はびくんと身体を震わせると、真っ赤になって振り向いた。
 ちなみに健太郎、耳、弱いんだよな。もしかしてこういうの、あの子は見ていたのだろうか? 言うと怒られるから、勿論黙っておくけれど。
 「はぁー。やっぱり俺には室町先生じゃなくって、南くんだよなぁ」
 思わず健太郎の肩に、顔を埋めてしまう。
 「おい、おまえ、人の話聞いてるのか!顔上げろよ!」
 「…はいはい…南くん、あれ…」
 ドアの隙間からは、喜多が弾くピアノの音が漏れ、そして。
 俺の指す方に南も目を向けると、その先には。
 音色に合わせて元気よく揺れる、新渡米の芽。
 「…」
 「…」
 俺と健太郎は、顔を見合わせると、しばらく言葉を失ったまま立ち尽くしていた。
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