09 東方 | back | next | top |
約10センチ下から突き刺さる視線。 健太郎は一旦思い込むと頑固だから、少しばかり厄介だ。 「学校じゃ名前で呼んだらいけないんじゃなかったのか?南くん」 ふ、と鼻で笑うと、案の定眉を吊り上げた。 「おまえが先に呼んだんだろう!? という前に、あの生徒がまさ…東方先生あてに言った謎の言葉を説明してもらおうか?」 「ここではなんだから、静かなところで話そうか?」 俺の腕をつねろうと伸ばしかけた健太郎の手を掴むと、そっと優しく包んだ。勿論そのまま繋いで行きたかったが、さすがに俺もそこまで勝手なことはできない。 「真面目な話、ちゃんと一旦診ておきたいから、な?」 これは保健医として、公の立場で誰に対しても思うことだ。働いて賃金を得る以上、また自分の仕事に誇りを持っている以上、そこはきちんとしておきたい。基本的にどちらも保守的な考えの持ち主だとは思うが、健太郎は俺以上に公私混同を嫌う。 俺は昔から、彼のそういう真面目なところが好きで、またそんな彼とダブルスを組めることを、面と向かって告げたことはなかったが、密かに誇りに思っていた。もっとも当時はこうして、健太郎が俺の想いに真剣に向き合ってくれる日がくるなどとは夢にも思わなかった。だからというわけでもないが、なるべく彼のことを尊重したい、という意識が働く。 ──そう、理性では。 その前に俺だって一人の人間で、この場合は男だというのは正確には違うかもしれないが、一応なんだ、その、恋人なんだぞ、と何度も喉元まで出かかる。それをごまかすために、わざとからかったり、健太郎から見たらセクハラまがいのスキンシップをしているのだ。 彼の天然っぷりは今更突っ込むところではないと思うし、そこも魅力の一つだとは思っているのだが…。 手を解いた後、俺の指先を名残惜しそうに見つめる健太郎の伏し目に、本能を押し殺すべくそっとため息を吐いた。 保健室に健太郎を連れて戻ると、「あの子には、主任になった南くんのことを応援しているが、忙しいからなかなか話す機会がないと言っただけだ」と半分嘘のようなことを話して誤魔化した。全部本当のことを話して、これ以上健太郎に負担をかけたくなかった。俺の気持ちは受け入れてくれた割に、そういう話には免疫がないからな。 でも残りの半分は本当だ。現実にはなかなか二人きりという機会がなかったから、週末の飲み会ですら楽しみなのだ。 ──健太郎にはまだ、俺と同じ位の想いを期待しては駄目なんだろう。 だったら今できるのは、せめて彼が、彼の誇りに思うことを、負担にならないようにサポートすることだ。俺は他の生徒に言うのと同じように「無理はするなよ」とだけ言って、眼鏡をかけ直した。 |
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