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  「…決めた。明日は休みだし、俺んち連れて帰るから」
 ――と、言われましても。
 しかも、眼鏡を外して宣言するのは、あいつが本気だっていう意思表示。ある意味切り札みたいなもの、なんだよな。

 やれやれ、こりゃおとなしく拉致されるしかなさそうだ。
 どうでもいいけど、雅美と俺はタメなのに(しかも俺のほうがいちおう2ヶ月年上なのに!)、どうしてあいつにはあんな余裕な態度が身についてるんだろうな。
それがときどきうらやましいので、冗談で「オヤジくさい」「老けてる」とからかうこともある。
 ――主に千石がからかっているのを、俺が激しくうなずきながら聞いてるだけなんだけど。

 とにかく、件の生徒のことは雅美がああ言う以上、本当にそれ以上のことはないんだろう。
 いくら俺のほうが表情を読まれやすいとはいっても、雅美とはもう長年のダブルスパートナーだ。わかりにくいポーカーフェイスでも、他のヤツよりは俺のほうが微妙な変化もわかる、という自負はある。
 ……いやあの、今年は四月から忙しくて、そこまで気を回せていなかっただろう、と言われてしまうと返す言葉はないんだが。

 それにしても雅美、そんなに来たくなかったのかな。
 生徒のことはもう解決した(正確に言えば、雅美が解決してくれた)わけだから、「後でサシで飲みなおしたい」ってことだよな、あれは。
 本当に、近ごろの俺は他のメンツのことばっかり心配してて、どうも雅美を後回しにしてるよな。悪いことした。
 ここは罪滅ぼしの意味も含めて……あとはその、久しぶりに雅美の部屋に泊まることを拒む理由はないわけだし……そうだな、後でゆっくり飲みながら話そう。
 とりあえず今は、愛すべき同僚たちとそこそこ楽しんでいこう。

 そう割り切って座敷に戻ると、新渡米に喜多、錦織、室町が顔をそろえていた。
 俺が太一と亜久津のことを目顔で尋ねると、千石はにっこり笑う。後から来るから心配するな、という意味だ。
 「では主任も来たことだし、乾杯しますかー! んじゃ、かんぱーい!!」
 『乾杯!』
 こうして和やかな宴は始まった。

 酒にはあまり強くない俺だが、飲み会の雰囲気はけっこう好きだ。
 俺はついつい酒が入って、説教くさくなってしまうクセがあるのだが(……ちょっと反省)、それも酒の席の上ということで、普段思ってても口に出すのは多少はばかられることも、軽い雰囲気の中で受けとめてもらえることもある。
 もちろん度を超した物言いや、堅苦しい飲み会ではそういうわけにもいかないが、千石が企画する我が校の飲み会ではそういうイヤな思いをしたことがない。
 その点、俺は職場と仲間に恵まれたと思っている。
 呼んでいない時でも、どこからか飲み会の日程を聞きつけてやってくる伴爺も、決して堅苦しいわけではないし。
 80代にもなってマムシ酒をボトルキープしているのが、その健康の秘訣かもしれない、と密かに思うけれど。

 みんなと適当にグラスを進めながら話していたら、「遅くなりましたです!」と元気な声。
 振り向くと案の定、我が校のホープ壇太一と、いかにも無理矢理連れてこられたかのような亜久津の姿があった。
 「すみません、もう皆さん始めちゃってたですよね! ボク、駆けつけ三杯やらせてもらうです! 店員さん、ナマ三杯お願いするです!」
 ――いや、ちょっと待て太一。うちの飲み会に、そんな風習はなかったと思うんだが……
 俺が思わず口を挟もうとすると、千石は「まーまー、せっかく新人がやる気なんだから♪」などと言うし、伴爺も「がんばってくださいね」と暖かく見守っている。
 「俺はやらねぇからな」
 あからさまに不機嫌そうな亜久津は、雅美と逆側の壁にどっかり腰を下ろし、煙草の火を点けながらため息ともつかない煙を吐いていた。
 ――結局折れたんだな、亜久津……付き合いが長くなるほどわかってきたことだが、こいつは不器用なだけで、実はかなりいい奴なんだ……。

 つい気の毒な気持ちで亜久津を見守っていたら、あっという間に太一の駆けつけ三杯は終わっていたらしい。

 ――速い……。

 そして太一は顔色一つ変えず、また店員に注文していた。
 「生大ジョッキと、マロンミルクお願いするですー!」
 「……なぁ雅美。俺、新歓のときのこと最後まで知らないんだけどさ、やっぱり太一はあの調子で亜久津に飲ませたのか?」
 店員が太一の前に持ってきたマロンミルクと、亜久津の前に持ってきた大ジョッキを「違うんですっ、亜久津先輩がマロンミルクなんですー、可愛いですー!」と笑顔で取り替える太一を見て、俺は隣の雅美に小声で尋ねた。
 「……ああ……」
 雅美の表情も亜久津に同情しているように見えたのは、俺の気のせいだけじゃないと思う。

 「ちょっと〜、ナニ内緒話してんの〜? まったくもう、南ちゃんも雅美ちゃんも水くさいわね〜っ」
 俺の隣にいた新渡米が絡んでくる。どうやら、そろそろ出来上がっているらしい。
 自分にも多少酒も入っていたし、雰囲気として今言ってもかまわないだろうと思ったので、俺は喜多と新渡米に、「ピアノで芽が元気になるのを止めやしないけど、生徒から余計な誤解されないように、ちゃんと目につかないとこでやれよ!」と注意しておいた。
 生徒にあんな非科学的なモノを見せるわけにはいかない。
 すると、喜多は元気に「だいじょーぶですよー!」とにこにこ笑う。
 「だってオレたち、南部長や東方先輩みたいに後ろめたいコトないですからー☆」
 ぶほっ。
 俺は思わず、口にしていたジントニックを吹いた。
 隣の雅美を見ると、一瞬、焼酎ロックの動きが止まっている。
 「そおだよ〜ん。ねぇ南〜、今日は無礼講よ〜っ?」
 新渡米が俺の首っ玉にかじりついてくる。
 ――ヤバイ。
 「そろそろ出来上がってる」んじゃなくて、完全に出来上がってるようだ……。
 「あんまり堅いこと言わないで〜っ♪ でないと、お仕置きしちゃうぞぉ〜!」
 俺はその勢いで新渡米に押し倒され、そして……
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