| 13 東方 | back | next | top |
| ──お仕置きなら俺一人に任せてほしいんだが。 新渡米に唇を塞がれた健太郎と目が合って、俺は一瞬、新渡米の芽を引っこ抜くか、根元に焼酎をぶっかけてやりたい衝動に駆られた。 しかしここは楽しい酒の席。それに俺と健太郎の関係は、一応皆には内緒なのである。健太郎も小動物に懐かれているといった感じで、されるがままになっている。そもそも体格の差があるのだから、本気で厭なら跳ね除けられるはずだ。恐らく彼も、場の雰囲気を考えてのことだと思うが。 先程の喜多の発言といい、俺は薄々勘付かれている気がしていたが、頑なに隠し通す健太郎の手前、そんなことをしたらどうなるのか、考えただけでも恐ろしい。 「うわぁ、雅美ちゃん顔怖〜っ!」 「やっぱり南部長と…いつからなんですか!?」 「地味ーズでも、やることは派手だったとは…東方くん」 「あはは、だったら凄いですけれどね…」 千石や喜多はともかく、伴田先生にまではやし立てられて、俺は並々と焼酎が注がれたグラスを一気に空にした。とりあえずここは一旦南から離れて、話題がそれるのを待つべきなんだろうか…俺だってそんなに余裕はないのに。今日だって酒が強いことが幸いして、かろうじて理性が働いているのである。 ──あとで新渡米と間接キスになるのは厭だなぁ…。 そんなことを考えつつふと向こうを見渡すと、同じように困り果てたような亜久津と目が合った。太一は室町におんぶされつつ、錦織と何やら密談をしていて、手持ち無沙汰なのかプカプカ煙草ばかり吹かしている。 自分でお代わりを作ると紫煙をかき分けつつ、空いていた席に腰を降ろし、亜久津のマロンミルクとグラスを合わせた。 「…お疲れ様」 「…お前もな」 亜久津が俺の焼酎をじっと見つめたので、飲みたいのかと思い差し出した。替わりに彼が勧めてきたマロンミルクを一口頂いたが、…多分こいつと健太郎の酒の弱さはどっこいどっこいなんだろう。亜久津も口をつけたまま、固まっている。 「…これ、ライターかざしたら火ぃつくんじゃねぇのか?」 「まぁな。そう言われると俺、身体に悪いもの入れてるんだな…」 新しい煙草を咥えた亜久津にライターを差し出したら、一瞬ビクン、と怯えていた。太一の彼に対する気持ちは純粋なものだと思うが、こういうのを可愛いとか思っていないよう、願いたいものだ。 「てめぇがやると、洒落になんねぇんだよ」 「あはは、俺は真面目な保健医だぞ?」 「ちっ、相変わらず喰えねぇ奴だな」 こういうやりとりをしつつも、恐らく向こうも俺を追いやらないから、互いにそれなりに楽しい時間を共有しているらしい。本来詮索されるのを得意としない同士だから、暗黙のルールが成り立つのだ。 ──ただし、いつもこんな時間も長くは続かないんだけれども。 「あ、東方さん。先日は色々とどうもありがとうございました」 隣りから声をかけられ、そちらに向き直ると、室町が俺に頭を下げていた。以前よりは大分顔色も冴えてきたから一安心といったところであろうか。どうしてもこいつや喜多、太一には甘くなってしまうのだが、よりによって一緒にいるのが錦織というのもなぁ…。 「いや…それよりそろそろ夏に向けて、またハードになるんだろう? おい錦織、室町にあんまり毎晩無理させるなよ?」 「何だよヒガシ、人聞きの悪い! これでも相方は労わっているつもりだぜ? おまえこそ南にしつこく毎晩迫…」 「何です? 東方先輩、南部長と毎晩何してるですか!?」 太一のキラキラ輝く瞳に見詰められて、俺は思わず亜久津に助けを求めてしまう。 「…おい太一、マロンミルクお代わりだ」 「はいです!」 こちらを見た亜久津の目は、先程の酔いが回ったのか今にも泣き出しそうだった。 「…東方さん、南部長が大変なことになっていますが、いいんですか?」 室町に言われて振り向くと、結構な量を飲まされたのか、千石や新渡米のいい玩具にされている南がいた。どうやら眠くなったらしく、俺の座っていた座布団を枕に眠りこけている。 「南ってさぁ、酔うと可愛いよね! 普段はうるさいけどっ…俺も新渡米くんに負けられないなぁ…ちゅうしちゃおうかなっ?」 「可愛い可愛い…ってそういう千石もなかなか可愛いよ〜んv」 「先輩、俺は可愛いですか?」 喜多までもが陽気になって一緒に騒いでいる。その間も伴田先生はその会話を聞いているが止めもせず、ニマニマ笑っている。 「新渡米、俺は可愛いかな?」 背後から忍び寄ると、南の頭を膝枕して、俺は低い声で笑ってみせた。 ──普通これで引くだろう。 そう思った俺は甘かったらしい。相手は酔っ払いだ。新渡米にネクタイを引っ張られると、唇を奪われてしまった。 「当たり前よ〜ん。雅美ちゃん!」 ──間接キスの方が、まだよかったかもな。これじゃ俺の言いたいことも、…したいことも伝わらないじゃないか。 何も知らず、俺の膝の上でスヤスヤ眠る健太郎を、少し恨めしく思った。 |
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