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 「二次会行く人ー?」
 店の外で千石が呼びかけると、新渡米と喜多が手を挙げる。

 「亜久津先輩、行かないですか!? じゃあボクも行かないです! 今日ぜんぜん亜久津先輩飲んでないですから、他のとこでもう一回飲み直すですよ! 大丈夫です、新歓のときみたいに、ボクが最後まで面倒見るですから、安心するです!」
 「うるせぇ、俺に指図すんな!」
 亜久津の顔が心持ち赤いのは、酒のせいだけじゃないような気がする。
 ――新歓で何があったんだろう……。
 「おや、それは楽しそうですねぇ。私もそちらに交ぜていただきましょうか」
 伴田先生がニマニマ笑う。
 すると今度は亜久津の顔が青ざめた。――なんだか亜久津がとても気の毒な気がする。

 「悪い、俺たちはパス! これから二人でちょっと行かなきゃならないところがあって……」
 錦織が室町の肩を抱いて言う。
 「ちょっと……誤解されるような言い方はやめてくださいよ、錦織さん」
 室町は錦織の腕を払おうとするが、喜多はにこにこして手を振る。
 「二人とも、がんばってくださいねー!」
 「おう、任せておけよ!」
 あくまで爽やかに錦織が応えるので、室町はあきらめの表情でため息をつき、携帯を開けて何やらメールを打ち始めた。
 ――やっぱりあいつらって……そう、なのかなぁ……。
 もしかして、ああやってオープンにしていると、却ってからかわれなくて済むもんなのかもな。

 「南ちゃんたちはー?」
 千石に訊かれ、「雅美、お前はどうす……」と尋ねかけて思い出した。
 今日は雅美の家に拉致されるんだっけ。
 「あ、いや、悪いけど……」
 俺が言うと、千石は「うん、思ったとーり! 二人とも、がんばってねぇ☆」とにやにやしている。
 バレバレじゃないか、とちょっぴり頭痛がする俺に引きかえ、雅美は涼しい顔で「二次会っていうよりも、各自自由行動って感じだな」などとコメントする。
 「じゃ、今日はここで解散ってことで! あ、今度はテスト明け飲み会予定してるから、みんなスケジュール空けといてねん♪」
 千石が宣言し、それぞれ「お疲れー!」「また来週な」という言葉が飛び交う。

 「え〜、南ちゃんも雅美ちゃんも来ないの〜?」
 新渡米が残念そうに言うので、俺は苦笑して「今日はごめん、また今度な」と片手を挙げる。
 「んも〜、水臭いんだから〜。二人とも、オレとちゅーした仲じゃな〜い」
 一瞬、雅美が凍りついた。
 「あ、お二人とも新渡米先輩にちゅーされたなんて、気にすることないですよ! だって新渡米先輩のはいつものことですもん。お二人のにはぜんぜんかなわないですよ、今夜もがんばってくださいねー! それじゃまたー!」
 喜多が悪意のまったく感じられない笑顔で、千石と新渡米と同じ方向へ、手を振りながら去っていった。

 「あ、健太郎……あの、あれだ、新渡米のは……」
 珍しく雅美の歯切れが悪い。
 しかし、俺は別のことを考えていた。
 「なぁ雅美、もしかして俺たちのことって――バレバレ?」
 「…………」
 見上げると、雅美は黙り込んでいた。
 ――さては、頭の中でいろいろ考えているな。
 昔、青学の大石・菊丸ペアと試合したとき、菊丸に大五郎がどうのこうの、などと言われたときと同じような表情をしている。
 「俺相手に言い訳なんか考えなくていいよ。ダテに長年ダブルスパートナーやってないだろ、お前の考えてることくらい、わかるつもりだ。――にしても、バレてんのか……」
 「いや、気づいてない奴もいると思うから。太一とか……さ」
 「……だけなんだろ。あーもう、参ったな」
 俺が頭をがしがし掻くのを、雅美は心配そうに見ている。
 やっぱり仕事の上での公私混同はいけないと思う。
 特に俺たちは教師である。生徒に模範を示さなければならないし、俺は主任という立場上、他の教職員よりもそういうところに責任を感じなければならないはずだ。
 「うーん……」
 眉間にしわを寄せて考えこみ、俺は一つの結論にたどり着いた。

 「……雅美。しばらく距離、置こうか」
 「え……」
 普段の学校での余裕っぷりはどこへやら、雅美は呆然と立ち尽くしている。
 ――どうしてだ? なんでそんなに愕然としてるんだろう?
 内心首をかしげ、「あっ」と俺は思い当たった。
 「雅美、違うって! 別れたいって言ってるんじゃなくて、学校とか人目につきやすいとこでセクハラ――スキンシップしすぎるのを控えろってことだよ!」
 俺の発言で、雅美は瞬間解凍。良かった。
 でも、確かに俺の言葉が足りなかったけど、雅美がああまでショックを受けるとは思わなかった。
 ――こういうのを、「愛されてる」って言うのかな……なんか照れるけど。

 「良かった……健太郎は責任感が強いから、そのために別れる、とか言い出しかねないと思ってたから、気が気じゃなかった」
 雅美が小さな声で言い、そのまま俺の肩を抱きしめる。
 「うわっ、バカ! そういうことをやめろって言っ……」
 俺の反論なんか聞く様子もなく、雅美はそのまま俺の耳に囁く。
 「いろいろと心配させてくれたお仕置きだな」
 雅美のアホ、俺が耳に弱いっての知ってて……くっそ。

 ――本当は、ちゃんと雅美に言っておきたかった。
 そんなことくらいで雅美と別れるわけないってこととか。
 本当に悩んでたのは、雅美との仲がバレたからってことじゃない。
 俺は主任としても俺自身としても、保健医の東方先生の、雅美のことを気にかけたいから。
 だけど、俺と雅美のことがバレてたら公私混同って思われないかな、とか……
 そう思われるのも困るけど、やっぱり雅美のことも気になるから、どうしたらいいんだろう、って考えてたこととか……

 ……けど、この状態じゃ雅美は言わせてくれなそうだし、俺がさっき人前でそういうことをするなって言ったばかりなのにこんなことをしてるから、しばらく言ってやらないことにした。
 こっちこそお仕置きだからな、雅美。 
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