15 東方 | back | next | top |
「……雅美。しばらく距離、置こうか」 そう言われて、酔いが一気に醒めた。いや、酔いといっても、見かけは変わらないし、心地よい酔い具合である。 でもその言葉は俺がずっと心の片隅で、いつか言われるのではないかと怯えていたものだったから。 どうして突然そんなことを言い出したのか…それは俺が薄々気付いていた、周りへ二人の付き合い方がバレている、という事態に、健太郎本人が気付いてしまったのもあるだろう。でも今回が引きがねになったというか、前々から「公私混同はするな」と言われていたし、きっと彼なりに悩んだ結果だと思う。 あの女子保健委員の件だって、元はといえば俺の軽々しい行動が招いた結果なんだし、俺だって生徒に模範を示さなければいけないことは、きちんとわかっている。健太郎の顔を見たいから学校に行くのではない。俺の役割は、あそこにいる全ての人間が健やかに毎日を送れるよう、努めることだ。そこは分別つけているはずだったのに、な。 思えば新学期になってから、日に日に疲れてくる健太郎を、一番近くで見てきたのは俺なのに、からかうようにして労わるふりしかできなかった。余裕のある態度で、常に自分が彼を守っているんだ、と見せつけるような行動しかできなかった。 忙しさを理由にして。健太郎の頑固さを理由にして。きちんと向き合っていなかったのは俺の方なんだ。どうしても、どこかで「付き合ってもらっている」という意識が消えずにいたし、それを否定したくて、今日だって自分の家に誘ったのかもしれない。 だから健太郎が言ったあのセリフは、自分をさらけ出すのが怖くて、彼を信じられなかった俺への罰なんだと思う。 本気で向き合ったら、公私混同どころか、完全に立場を忘れてしまうのは目に見えていたから。それこそ健太郎に嫌われるどころではない。 そんなことを考えて困惑して、気付いたら公道で彼を抱き締めてしまっていた。 さっきだってああやってからかうのがやっとだったんだから。 ──多分人のことを聞かないセクハラオヤジだと思っているんだろうな。 「冷蔵庫に健太郎が好きそうな酒ないけど、コンビニ寄って行くか?」 「そうだな。じゃ、帰る…じゃなくて、おまえんち行くか」 心なしかいつもより距離を開けて、俺達は歩き出した。 その後はいつも通り…を装って、何とか俺の部屋まで辿り着いた。 「相変わらず何もない部屋だなぁ」 「健太郎が何でも大事にしすぎなんだよ」 健太郎と会話をしつつも、俺は頭の中でずっとさっきのことを考えていた。久し振りに彼がこの部屋に泊まったら、自分はどうなるんだろうと寝る前には思ったわけだが、どうもできるわけないよな。そもそもそんな気分になんてなれはしない。新渡米に口付けされたことを気にしていた俺なんて可愛いもんだ。 「スーツ、皺になるから着替えれば?」 「え…あ、うん」 「風呂は…酔っ払ってるから明日か?」 クローゼットから適当な着替えを出して手渡すと、一瞬健太郎は戸惑っていた。それもそうだろう、──タオルしか渡さないで入ってこいと言われると思っていたはずだ。 かなり酔っ払っていたらあんなことを言い出さないとは思うけど。ちゃんと俺と飲めるぐらいにはセーブしていたのかなと考えても、いいんだろうか。 「そうだな、明日借りてもいいか?」 目の前で着替え出した健太郎の背中を見ても、抱き締める気になどなれず、俺は黙って冷蔵庫にビールを取りに行った。 ──それともこんな気持ちで一晩越せっていうのは、本当は別れたいってことなんだろうか。 |
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