16 南 | back | next | top |
本っ当に人の話を聞かないヤツだな! 俺は抱きしめられながら、雅美を引き離そうと腕を突っぱった。――それはもちろん、本気ではないけれど。 でもこのシチュエーション、傍目から見たら酔っ払いが絡んでいるように見えたとしても、知ってる人間が見たらすぐわかるじゃないかよ! 人目につくところでは少し距離を置こう、と提案したそばからこの始末である。 だが、さすがにすぐ反省したのか、そこからの雅美はちゃんと、俺とは距離を保っていた。 歩いているときも、コンビニで俺の分の酒を買ったときも……雅美の部屋に行ってからも。 ――もしかすると飲み直すどころじゃなくて、部屋に行ったとたんにその……迫られるのかな、と半ば覚悟してた。 でも、予想に反して雅美は、俺にシャワーを浴びて来いとも言わなかったし、「着替えれば?」とはすすめたものの、俺が服を借りて着替えを済ませても、黙って冷蔵庫から自分用のビールと、俺用の氷を持ってきて、なんとなくテレビをつけただけ。 ――べ、別に決して期待してたわけじゃないんだから、と自分に言い聞かせ、さっきコンビニで買ってきた檸檬酒とサンザシ酒を座卓の上に出して、雅美の向かい側に座った。 二人とも視界を邪魔されず、テレビの画面が見える位置である。 とりたてて目的があるわけでもなく、深夜番組が流れ続けていた。 いい年の男二人が好き勝手に酒を飲みながら、ぼけっとテレビを眺めている図――というのはおそらく、どうひいき目に見ても美しい絵ではない。 けれど、俺はそれが心地良かった。こんなに肩の力を抜いていられるのは一人でいるときか、雅美と一緒のときくらいしかない。 ……っと、こういうのがいけないのかな。 雅美相手だったらなんでも許されるような気がしてしまって、安心――むしろ『慢心』かもしれない――しきってしまう。 そんな感じで、この四月からもずっと俺は余裕がなくて、雅美のことを後回しにしてしまっていた。 だから今日はそのことをまずちゃんと謝りたかったし、飲み直しながら久しぶりにゆっくり話そうと思っていたんだけど……俺の悪いクセというか、どうも雅美に素直に切り出せない。 俺が殊勝な態度に出ると、雅美が調子に乗ってセクハラ――もとい、スキンシップを求めてくる場合が多いというのも、理由の一つではある。もちろんそれが本気でイヤなわけじゃないけれど、少しはTPOをわきまえろ、と言いたくなることが……。 でも今日はもう誰の目があるわけでもないし、謝りたいならさっさと謝ってしまったほうがすっきりするだろう、と思いつつ……やっぱり、タイミングが難しい。 というわけで、俺はなかなか雅美に対する謝罪を言い出せず、流れているテレビ番組の感想を適当に述べてみたり、たわいもない話をしてみたりしていた。 雅美も画面のほうを見て、焼酎のグラスを傾けながら、「ああ」とか「そうだな」とか相づちを打つ。 ――その様子がちょっとおかしい、と気づいたのはしばらくしてからだった。 酒のペースが速いのは相変わらずだが、さっきとは違う意味で、俺の話を聞いていないように見える。 俺はためしに、他の話題を振ってみた。 「なぁ雅美……錦織と室町って、仲いいよな?」 「ああ」 「もしかしてあいつらって……そう、なのかな」 「そうだな」 ――ほ、本当か!? 本当なのか!? 知ってんのか!? 思わず立ち上がってちゃんと問い詰めたい気分になったが、やっぱり雅美が上の空のようなので、俺は質問を変えた。 「しゃっくりを止めるには、ご飯を飲みこめばいいんだっけ?」 「ああ」 「隣の家に囲いができたんだってな」 「ああ」 …………だめだこりゃ。 雅美は完全に俺の話を聞いてない。 肝心なことを言い出せなくて、どうでもいい話をしていたのはこっちだったんだし、身勝手だとわかっていたけれども、俺は思わずむっとしてしまう。 わかったよ、そっちがそのつもりなら、こっちだって飲むほうに専念してやる。 そう思った俺は、雅美のペースに負けじと自分のグラスに酒を注ぎこむ。 いつもの雅美なら、そんな俺にやんわりとブレーキをかけるクセに、今夜は何も言わない。 ――でも、案の定俺のほうが圧倒的に酒に弱いので、それほど経たないうちに頭がぼーっとしてきた。ややぐらつく頭を押さえながらテーブルの上に目をやると、俺用の二本の酒瓶は、底にわずかしか中身を残していない。 ああ、こりゃ酔うはずだよな……と頭の片隅で冷静に思うものの、脳の大部分はすでに酒に支配されている。 もう、これも雅美のせいだからな! いや、俺に余裕がなくて、雅美を後回しにしてて悪かったとは思ってる……けど、それはある意味雅美を信じてたから、あんまり心配してなかったってことなんだぞ! ……でも、本当にごめん、雅美……。 朦朧とする意識の中で、そこまで思って――俺の視界は暗転した。 |
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