19 東方 | back | next | top |
──続きは、あなたの夢の中で、か…? 確かに、背中が痛いと言う南くんをベッドまで引っ張り上げようと、もう一度腕の中におさめた、までは、いきましたが。 案の上健太郎は俺を見て微笑んだまま、瞼を閉じた。 ──まぁ、しないって決めたのは俺だし?酒をガンガン飲ませたのも俺のせいみたいなもんだし?そもそもこんなことになったのも俺が悪かったし? そこはまぁ、健太郎は記憶があやふやにしろ、互いに謝りあえたし、今だってこうして甲斐甲斐しく水を持ってきてあげたりなんかして、いつも通りな二人でいるわけだが。 ──南くん、俺だって男だってことを忘れていないのかな。あれは、誘い文句だろう? メールに一人でブツブツ突っ込みを入れている、愛しい人の背中を見ながら、昨日のあれからを思い出してしまう。そりゃ、下でスヤスヤ眠る(実際酔っ払ってガーガーいびきかいてやがったけれど)健太郎を見て微笑ましい気持ちにはなったが、熱を持て余しながらある意味一人寝するはめになった俺の身にもなってみたまえ。しかも、掛け布団貸してやったからか、心なしか寒気もするんだが。これでは本当に、医者の不養生である。 余り眠れなかった俺は、さっさと起きてシャワーを浴び、コーヒーを飲みながらまたベッドの上でゴロゴロしながら新聞を読んだり、パソコンをいじっていた。一緒にいるからって一つのことをしなければ気まずい、なんて間柄でもなかったし、寧ろ互いに違うことをしていても、同じ屋根の下、同じ時間を過ごすだけで楽しい二人だと思っていた。 「なぁ、飯は食えるのか? その前に風呂入る? 一応スーツはそこにかかってるが」 ──これでは恋人というよりも、健太郎の妻にでもなった気分だ。 そう思うと、心なしか口調が刺々しくなってしまう。いつもだったら甘えられて悪い気はしないどころか、めったにないことだから、快く応えるところだが。 「…今何時…うわ、雅美、すまん。…もう帰るよ…」 そんな俺の微かに変化した口ぶりにも、健太郎は敏感に反応する。携帯が示す、朝食はおろか昼食にも遅い時刻。 休日位は寝坊してもいい。特に飲んだ翌日だ。別にどこかへ出掛ける約束をしていたわけでもない。だから健太郎が謝る必要性なんてどこにもないんだよな。 「いや…飯作っちゃったし、よければ食っていってくれないか? あ、風呂も沸いてるし。俺のでよければまた服出すし。服着たまま帰ってもいいし。車で送っていくし。…」 そんなの「まだいれば?」の一言で済ませればいいのに、怒ってないってさりげなく伝えないと、また勝手に一人で反省しちゃうのに、俺は自分の気持ちを悟られないように変に饒舌になってしまう。 こんな些細なことに腹を立てている自分が浅ましいというか、ちっぽけで、悲しかった。 「じゃ、風呂借りるな。ごめ…ありがとう」 健太郎は申し訳なさそうに小声でそう言うと、携帯を置いて立ち上がった。 ──いかん、これでは二の舞になってしまう。 俺も慌ててベッドから起き上がると、思わず健太郎を後ろから抱き締めてしまった。「昼間から盛るな!」と殴られるかと思ったが、意外にもされるがまま立ち尽くしている彼を見て、我に返る。 「あ、悪い。二日酔いだったんだよな…。その、おまえの寝坊に怒っているわけではないからな」 「……」 健太郎は俯いたままでいる。心なしか身体が熱い。 「大丈夫か? 胃薬飲むか? 風邪引いたか? 健太郎…?」 こちらを向かせようと顔を覗き込むと、耳や首まで真っ赤である。 「…俺、凄いこと言ったな…その…口…酒臭くなかったか?」 ハーッと息を吐いては両手で口を覆っている。どうやら夕べのことを思い出したらしい。 「俺の中こそ、焼酎浴びていたから、その味しかしなかったろう?」 からかうようにそう言うと、腕に力を込めた。 「な…かって…え…?」 本当は触れるだけの軽いものだったが、この位の仕返しなら許されるであろう。健太郎は恥ずかしそうに俺の腕を掴むと、目を伏せた。そして。 「…そこは覚えてない…んだが…勿体無い…」 後日彼に訊いたところによると、俺が奮発して用意していた焼酎を、嗜まずにガブ飲みしていたことをさしていたらしい。 だが勿論そんなことは露知らずな俺は、今度こそ誘いを逃すかと、結局この日も健太郎を帰さなかった。 ベッド脇に置いた眼鏡をかけて、日曜の目覚めの気分はこの上なく幸せだったが、くしゃみが出たのは、横で布団を一人奪いとっている犯人には黙っておこう。 |
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