21 東方backnexttop
 ──はぁ、今日は冷えるなぁ。
 放課後、保健室から見える木々を眺めていたら、急に寒気がして、窓を閉めた。
 週明けの今日はいつもよりここを訪れる人数が多かった。大抵週末に羽目を外したり、病院が土日休みだったからと、多少無理をして登校・出勤する人間が多いものだ。まぁ、悪化する前に自分から来てくれた方が安心だ。
 厄介なのは、意地を張ってなかなか訪れてくれないタイプの人間だ。
 ──人のこと言えないから、平気なフリして診察していたというのが正しい。朝も昼も殆ど食べ物を受け付けなかったが、体温計を見ると悪化する気がして多少厚着をして出勤したぐらいだった。病は気からと言うし。

 「何だよヒガシ、暑いじゃないか」
 「…文句をつける元気があるのなら、テスト作りに戻りたまえ」
 俺はベッドに寝転んでいる錦織を追い払うように、シッシッと手を振った。実際は顔色が悪いのを見兼ねて、引っ張り込んだのは自分だが。
 「いいよなぁー地味なヒガシはテスト作らなくていいんだもん」
 「今の発言で、錦織先生にはベッドの利用料金が発生しました。おまえみたいにテスト前に無茶する奴が多いから、忙しいんだよ」
 「何だよー。室町には優しいくせに。俺とヒガシの仲じゃないか!」
 「室町に毎晩無理させてる原因はおまえだろう! どんな仲だ」
 軽口を叩き合っていると、本格的にゾクッときた。この時期長袖のシャツに、ボタンも一番上までとめて、その上に薄手のVネックのセーターも重ねてから白衣を羽織ったら、普段は汗ばむはずである。

 ──動きにくいが、着てきたジャケットも羽織るか…。
 腕をさすりながら、ロッカーからそれを取ってこようとドアの方へと向かうと、眩暈がした。壁際の棚に手をついて何とか体勢を保つと、さすがに錦織も心配そうに声をかけてくる。なんだかんだで英語の教え方は生徒達の間でも評判もいい。これは俺の信用にも関わるから、うかつに先生方には伝えられないのが惜しいが。

 「占領しちゃって悪かったな。ヒガシも大人しくここで休んでいけよ。何だったら地味ーズ片割れに連絡しとこうか?」
 「地味って言うな。いや前衛スペシャリストには、言わないでいいから」
 少しばかり後ろめたさがあったり、自業自得だとも思うが、それよりも今日はどこか上の空の健太郎に、余計な心配はかけたくなかった。仕事中は不必要に接触しない方が、お互いのためだとも思ったし。
 どうしたのか聞いてやりたかったが、今は正直、いいアドバイスをしてあげられる自信がなかった。地味って聞き捨てならない言葉にも、相方がいないとツッコミの威力も半減である。

 「じゃ、利用料これでチャラってことで。お大事に〜!」
 擦れ違いざまにバシン!と背中を叩かれて、いくら体格がいい俺でもふらりとよろめいた。
 「…とりあえず大人しく薬飲んで休んでみるか。どうせ帰れないしな…ってここで誰か来たらどうするんだ」
 薄れ行く意識の中で何とか薬を口にすると、俺はまた条件反射で眼鏡を外し、ベッドに倒れ込んだ。

 ──亜久津と南の意地っ張りコンビを、片隅で心配しながら。
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