24 南 | back | next | top |
「東方先生……なんだよ、これ」 休み時間に雅美から渡された封筒を見て俺は中身を尋ねたが、「まあ、後で一人のときにでも開けてみてくれ」と、その場で答えはもらえなかった。 言われたとおり、一人のときに開けてみると、雅美の部屋の鍵とおぼしきブツと一枚のメモ。 「あっ、雅美のバカ! 今日は研究会だから行けないっていうのに!」 本当は研究会だということを雅美に知らせていなかった俺がバカなのだが、思わず雅美をバカ呼ばわりして、保健室に急いだ。 ノックしてドアを開けると、いつもの場所に雅美がいた。 つい一昨日はそんな普通の姿すら見られなかったので、それだけで安心する。 ――と、そうじゃないんだ。 「どうした、南くん。また胃薬か?」 「東方先生、今、誰か……?」 ベッドのほうを指差して、誰かいるのかを尋ねると、雅美は首を振った。 「じゃ、ちょっとベッドのほうで休ませてもらってもいいか?」 「……どうかしたのか!?」 俺が珍しいことを言い出したので、さすがの雅美も驚いたらしい。 「違う、話があるだけだ。ベッドは口実。カーテン、閉めてくれるかな。……くれぐれも盛るなよ!」 最後の一言を小声で付け加えて、俺はベッドに座り、雅美は傍らの丸椅子に座る。 胸のポケットから、雅美に渡された封筒を差し出す。 「ごめん、これ、返すよ……バタバタしてて伝えそびれてたけど、今日俺、社会科研究会があってお前のとこに行けないんだ。だからって終わるまでお前を待たせるわけにいかないし……これがないと、お前も部屋に入れないだろ。だから今日は……ごめん。今度でよければ、料理も……その、できるだけがんばってみるから……」 病み上がりの雅美のリクエストだから、極力聞いてやりたかったんけど、やっぱり今日は無理なのだ。 だからそれをしおらしく正直に言うと、黙って聞いていた雅美はいきなり「ぶっ」と吹き出した。 「な、なんだよ雅……東方先生! 何がおかしいんだよ!」 「南くん、この中身……よく見てくれたか?」 明らかにおかしくて仕方がない、という表情で、雅美は封筒の中身をその大きな掌の上に出し、鍵を俺の目の前にぶら下げる。 「これさ……俺の部屋のスペアキーなんだけど。それから、このメモは、『今度』手料理を……と書いたつもりなんだけどな?」 「……あーっ!?」 ――本当だ。 てっきり「『今日』手料理を〜」と書いてあるもんだとばかり思い込んであわてていたが、よく見ると「『今度』手料理を〜」って書いてある。 雅美は横を向いて、声を抑えながら笑い転げている。 「南くん、生徒に注意する前に、自分がうっかりミスには気をつけないとな……本当に可愛いよ、健太郎は」 ――たっ、確かに早とちりしたのは俺だけど、なんかムカツク! こいつムカツク!! 「か、可愛いって言うな、バカ雅美! お前がまぎらわしいことするからいけないんだろ!」 「その通り、お忙しいときにこんなものを渡したわたくしが悪うございました、主任」 目尻に涙を溜めるほど笑ったのだろう、雅美は眼鏡を取って目を拭いながら言う。 明らかに逆ギレしてるのは俺なのに、そんな余裕の対応をしてみせるこいつが憎たらしい。 「……っ」 俺が言葉に詰まっていると、雅美はやっと笑いをおさめて口を開いた。 「でもまじめな話、もし良ければ研究会終わるまで待ってるぞ? 休んじまったせいで仕事もたまってるし、なんなら部屋で待っててもいいし……あ、研究会の後は飲み会があって遅くなるのか? それなら夕飯作って待っとくけど」 雅美は、あくまで俺を気づかった発言をする。 「あーもう、お前病み上がりだろ! おとなしく定時で帰れ! そんで休んでおけ! これは主任命令!!」 「心配してくれるのは嬉しいが、誰かさんのかいがいしい看病のおかげで、もう治ってるさ。俺だって医者のはしくれだ、自分の身体のことくらい自分でわかる」 「そういう油断がいけないんだよ! 風邪は治りかけが危ないんだろ!?」 俺は医者じゃないけど、それくらいは聞いて知ってる。 「でも、けなげな南くんががんばってるのに、俺ばかりがのうのうと休んでいるのもな……」 なおも言いつのる雅美を見て、俺はちょっとしたお仕置きを思いついた。 「雅美、ちょっと目ぇつぶれ!」 ベッドから立ち上がった俺は雅美のネクタイをひっつかんで、人差し指をつきつける。 「……うーん、顔はやめて欲しいな」 「お前は女優じゃないんだから、つべこべ言うな!」 冗談めかして言いつつも、俺の要求通りにした雅美の唇に、俺は自分のそれで触れる。 「健……太郎……!?」 さすがに驚いたのか、目を見開く雅美に、俺は胸を張ってみせる。(たぶん俺の顔は真っ赤だったと思うけど) 「いいか、その治りかけの風邪の菌は今、俺がほとんど持っていってやったけど、まだ危ないからな! 生徒にうつす前に定時で帰れ! 以上!!」 言いたいことだけ言ってさっさとカーテンを開けると、雅美が何か言いたげな表情になる。 「な、なんだよ……」 俺はしぶしぶ尋ねると、雅美は冷静な表情と口調で指摘する。 「健太郎……お前、学生時代から風邪なんかほとんど引かなかったよな。そんなお前に菌を持っていってもらっても……」 ――ぷちーん。 「ど、どうせ俺がバカだって言いたいんだろ! 仕方ないじゃんか、ダテに親から『健太郎』って名前もらってねーんだよ!」 そう。 雅美の指摘通り、俺は胃痛以外は至って健康、学生時代は病気で休むことはなく、皆勤賞から健康優良児賞まで総舐めにしていたのだ。……地味だけど。 「そ、そんなこと言うんだったら、もうお前なんか知らないからな!……じゃなくて、今のは生徒のためだったんだから……本当にちゃんと帰れよ!!」 俺は雅美の顔も見ず(本当は見る勇気もなく)、保健室を駆け出した。 ほ、本当は雅美のため……だったけど、そんなことはぜったい伝えてやらないんだからな! ――後からよく考えたら、俺の今日のアレはお仕置きでも生徒のためでも雅美のためでもないような気がして、俺は青学に向かう電車の中で、一人赤面したり青くなったりして、明らかに挙動不審な人間となっていた。 ……で、でもそもそも、まぎらわしいことをした雅美が悪い!!(八つ当たり) |
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