27 東方backnexttop
 健太郎から来るのを待つとは言うものの、実際テスト間近なわけで。
 こればっかりは、さすがに俺だって、気を遣う。
 何も四六時中、健太郎のことを考えているわけではないのだ。
 テストが明けると、合同研究会(健太郎みたいに、保健医同士の会合)が始まるから、それに向けて勉強しなくてはならない。
 実際、社交性がないからその日を考えると正直気乗りしないが、勉強自体は有意義だから、まぁ、行くかという感じだ。
 さぼろうものなら、柔らかな笑顔で何しでかすかわからない奴も来るし…。
 こないだの保健委員の子じゃないが、女の先生にこの際、色々と聞きたいこともあるしな。仕事以外で聞いたらセクハラだよな、うん…。

 健太郎は相変わらず忙しそうで心配だったが、俺も研究会と並行して、保健体育の授業で教える内容も考えていたりで(本来は体育教師がやるべきことなんだが、担当があの方では断れない…)、あっという間に金曜日になってしまった。
 放課後、今週末は色々と準備を進めよう、と、テーブルの上で持ち帰る資料やらをトントン、とまとめると、立ち上がって保健室を出た。
 鍵をかけて職員玄関の方へ向かうと、ちょうど健太郎もこちらへ向かってくるところだった。
 「お疲れ南くん。今帰りか?」
 「あ、東方先生。あぁ。うん。さっさと帰って家でやろうと思ってさ」
 「そうか、じゃあさっさと駅まで向かおうか」
 「あぁ。そうだな」
 健太郎にニッコリ微笑まれただけで、何だか心が弾んだ。
 ──中学生に戻った気分だ。
 今日だけは、色々難しく考えずに──考えさせたくもないし──、一緒に帰ろうかと思っていた矢先、後ろから肩を叩かれた。

 「東方先生、今帰りですか?」
 振り返ると相変わらずその目が笑っていなかったが、今日は何だかいやな予感がした。
 「あ、伴田先生。はい。お疲れ様です」
 ──なんで俺単体で指名なんだろう。
 昔から健太郎と彼が話していて、横で俺がそれを聞いているのが当たり前だったから、違和感もある。
 「そうですか、ちょうどよかった。これからテストについて、ちょっとご相談願えますかね?」
 「…確か僕が担当するのは、次回の範囲ですよね?」
 確かに保健体育という位だから、保健の授業も組み込まれるんだが、俺はたかが数年しか保健医経験のないペーペーだ。
 そんな小僧に何を教わるというんだ…?

 「まぁまぁ。無理でしたら他の先生でもあたりますかね…亜久津くんとか」
 ──家庭科教師に何を教わるというんだ? 寧ろ、教えるつもりじゃ!? …ゴホン。
 「あ、亜久津先生も、テスト作成で忙しいと思います、よ。壇先生の美術も、喜多先生の音楽も、テストあるんですから。俺も研究会も近いですし…」
 何のことだがわからず、俺は思いつくことを口からベラベラまくしたてた。
 横で健太郎は律儀に俺のことを待っているし、ここは何とか穏便に済ませて帰りたい。

 「伴田先生、それってテストというよりも、金曜日の夜ってことに関係あるんじゃないですか? すみません、まだ先生のお酒をいただくには、早いですので…」
 健太郎はあくまで柔らかい口調でたしなめるように、伴田先生に訊ねた。
 ──飲み会ってことか? ってマンツーマンは冗談じゃない…!
 健太郎の「惑わされるな!」という声が聞こえてくるようだった。
 どうやらこないだの飲み会でハブ酒を勧められて俺が断ったセリフを、覚えていたようだった。

 「じゃあ、やっぱり君しかいないですよね? 東方先生。何でしたら南先生もどうですか?」
 ──おいジジィ、人の話聞いてたのかよ? って南出してくるなんて、クソジ…。
 「…あ、はい。俺一人でお願いします」
 俺はがっくりうなだれると、健太郎に手を振った。

 結局朝まで付き合わされて、俺は何とか家に辿り着いた。酒には自信があるが、主に精神的にダメージが。煙草何本吸ったんだろう…。 ネクタイを緩めつつリビングに倒れこんで大の字になると、ふと指先に何かが当たった。テレビを乗せているラックの下に、何かが落ちている。
 引っ張り出すと、健太郎の字で色々書かれた、テスト用の資料だった。恐らくこの間看病に来てくれた時に、忘れていったものだろう。

 仮眠をとると、俺は健太郎の家まで車を走らせた。
 ──さりげなくこれだけ渡して、帰ろう。
 そう思ってインターホンを押しかけると、中からドアが開いた。
 「ま、…東方?」
 ──東方?
 「やぁ健太郎。これ、忘れ物。テストで使うんだろう? ついでにMDもな。じゃ、また来週」
 何だか焦っているような健太郎を不思議に思いつつ、その手に預けると、俺はその場を立ち去ろうとした。

 「おい南ー!あとついでに頼みたいものが…」
 健太郎の後ろから、見覚えのある顔が覗いた。
 「えーっと、確か、地味ーズの、あいか…」
 「東方です。宍戸くん」
 「あ〜! そうだそうだ。滝が言ってたな、山吹にはデカイ保健医がいるって。相変わらず南とつるんでるんだ?」
 「まぁな、ダブルスの腐れ縁で」
 宍戸の口調には厭味がないから、特に気にもとめなかったんだが、健太郎が異様に慌てていた。
 「宍戸、で、あと買ってくるものって何?」
 「そうだ。これ頼むぜ。じゃあな、東方」
 「あぁ、じゃ。滝にもよろしく言っておいてくれよ」
 「了解」
 宍戸は南にメモを渡すと、俺に軽く手を上げて、引っ込んだ。中からは賑やかな声が聞こえてきたから、他にも誰かが来ているんだろう。
 恐らく健太郎は、山吹メンバーにそれとなく俺達の関係がバレているのがよっぽどこたえているんだろう。
 それは、俺のことを信頼していない、のではなくて、健太郎自身の問題だから、無責任に「気にするな」なんて言うべきところじゃないのは、わかっている。

 「雅美、これは…」
 「あぁ、社会科のメンツで集まってるんだろう?」
 「あぁ、うん。それと昨日…」
 「平気平気。じゃ俺、車すぐそこに停めちゃってるし、行くな」
 本当は買い出しだけでも付き合おうかと思ったが、やめておいた。
 きっと二人きりになったら、こないだのことを思い出してまた悶々と悩むんだろう。そこはフェアに、テストが終わったら再開ってことで。
 「あぁわかった。じゃあな。」
 ──でもそんな顔されると、俺は早くも不戦敗のような気もするなぁ。
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