29 東方backnexttop
 「ふあぁ〜…あ、おはよう、雅美」
 週明け、廊下で健太郎にばったり会うと、珍しく隠さずに欠伸をしていた。疲れているんだろうな、と心配しつつも、あの後家に帰り、素っ気なさすぎたかと電話をかけてみると、ロレツの回らない南主任が出て、俺はまた、あっさり引き下がるという、優しさという名の敗北を味わっていたから、「あぁ」とだけ返すとさっさと保健室に向かう。
 俺の方は、実は中間テストでは、美術や家庭科なんかはテストがないってことが伴爺にバレて(本来なら、彼の担当する体育だってないわけだから、おあいこだったのに)、またその晩呼び出しをくらった。俺だってやることあるのに、と思いつつ、次回の保健体育の授業の打ち合わせという名目の、かなりヘビーな会話をした(というより、一方的に聞かされた)。それで美味い酒が飲めるかという話である。

 そうしてあっという間にテスト期間は終了し、健太郎は元より千石達も採点だなんだで忙しそうで、俺も俺でそれなりに授業や会合の準備をしつつ、さて帰ろうかと廊下に出ると、向こうから千石が駆け寄ってくる。
 「ねぇ、明日の飲み会、地味ーズもセットで参加いいんだよね?」
 「こらこら、セットという前に、地味’Sな時点でセットになっているというか、地味って言うんじゃありません」
 「相変わらずカタイなぁ〜。俺はさぁ、また南ちゃんをお持ち帰りできるよう、協力してあげるって言ってるんだよ」
 腕を掴まれてにっこり笑われても、その笑顔の下に何を隠しているんだか、末恐ろしい限りだ。
 「…残念ながら、今回は俺から誘っても意味がないっていうかさ、あいつへのお仕置きにならないっていうか」
 腕を組んでため息を吐き出しながら、俺は前回の飲み会で距離を置こうと言われたこと、そして保健室で健太郎からキスされたことを思い出し、ちっとも二人の距離を詰められていない己の不甲斐なさを嘆いていた。
 「えぇ!? ナニそれ、お仕置きとか、雅美ちゃん確かに変態くさいけどそういうプレ…っ!」
 とんでもないことを大声で叫ぼうとする、激しく勘違いしている千石の口を両手で塞いでいると、健太郎が通りかかって不審な目で見つめてきた。
 「やぁ南くん。もう帰るのか。そういや明日おまえも、打ち上げ行くんだろう?」
 「あぁ、東方先生。そのつもりだが…千石大丈夫?」
 俺の肩下でもがいている千石を解放すると、俺から逃げるように向こうに走り去って行く。振り向きざまに「絶対来てよね〜!地味ーズペア!!」などと両手を振ってくるので、仕方なく手を振り返しながら俺達は頷いた。
 「廊下は走るなって言ったろ…また何か、入れ知恵されたとか?」
 両手を腰につきつつ見上げてくる健太郎に、俺は何もなかったように微笑み返す。
 「ん? 『また』ってなんですかね、南くん。心外だなぁ…安心しろよ、今度は俺の家に連泊させるなんて無茶はしないからさ。皆で楽しみましょうね、主任殿?」
 「…あぁ、そうか」
 どことなくホッとした様子だった健太郎からすると、きっと先ほどの会話は丸聞こえで、俺はカマをかけられ、見事に自分が引っ掛かったという事実に気付かされる。
 どうして鈍いと思ったら妙に大胆なんだか、それを自分で気付かない天然だから俺からも罪悪感が拭えないんだと、心の中で健太郎に八つ当たりをしながら、何でもなかったように、帰ろうと促した。
 一番憎いのは、また酒が入った健太郎を見て、理性が持つかわからない己の本能。
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